2017年11月24日

akky が、その日に1つのクラスを担当する日本語教師は1人が最も良いと思う理由

最近、他の学校のいろんなシステムを聞きおよぶ機会が多いです。

それは、勉強会をやっていることが寄与してるんですけど、それ以外にも色んな情報が入ってきたりします。

で、色々とビックリすることが多いんですが、その中の1つに「1つのクラスの授業で、複数の教師が授業を担当する」ってこと。

私は前の学校では、「1人の教師がその日の授業全てを担当する」っていうのが普通だったので、異なるシステムがあるってことを知って超衝撃的でした。


☆☆☆☆☆☆☆


私が以前いた学校では、「学習状況報告書」というものがあり、常勤・非常勤関係なくその期の


1 日本語能力

2 学習態度


について書く必要がありました。


そして、これが新人の日本語教師にとっては情報の宝庫なんです!

なぜなら、「それまで担当した日本語教師の見解が見られるから」です。


幸いなことに、私が前の学校で日本語教師として働き始めた当初は、今では得難いくらいのレベルのベテラン教師が多数在籍しており、彼らの残してきた学習状況報告書はまさに「宝の山」だったから。

「あ、こういう視点での評価もあるんだ!」と言った気づきも、その報告書を読めば無料で手に入るんですよね。


例えば、私が初めて担当したクラスの、一期前のベテラン教師の学習状況報告書には、「『ア段』と『エ段』の母音が不明瞭 」という記述がありました。

当時の私には、こういう観点は全く無かったので非常に勉強になりました。

因みに、今はその先生と一緒に仕事をしていて、上下関係は無く普通に意見を言い合っています。


そして、そのような見解を教師が書けるようになるためには、1日の授業を1人で行う必要があります。

なぜかというと、複数の教師が1クラスの1日の授業を部分的に担当した場合、学生のトータルの能力を把握しにくくなるから。

例えば、総合的な教科書を担当していたとしても、週に1日か2日しか担当していない先生の場合、曜日の関係で同じようなスキル(読解とか鳥海とか)の授業しかできなくなる可能性があるんです。

そうなると、そのクラスの学生のスキルの一部しか評価できなくなります。


それって、日本語教師のスキルアップを考えた場合、マイナスになるんです。


それと、学生側から考えても、日本語学校にいた期間を通して評価されることは価値のあることです。

それを色んな学校側の事情によって、その情報が得られないってことは学生にとっても相当な損失です。


☆☆☆☆☆☆☆


なので、私は、その日に1つのクラスを担当する教師は1人が最も良いと思うし、それは教師の成長ばかりでなく学習者の成長にも寄与するんじゃないか、って思ってます。


ほな、さいなら!


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2017年11月23日

言葉のみによる説明→ビジュアルによる説明というパラダイムシフトで必要になるスキル 桐山岳寛著「説明がなくても伝わる 図解の教科書」

こないだのエントリ(→今までやってた2級文型の授業とどんどんかけ離れてきつつある現在の授業)でも書いたように、最近は言葉のみによる説明でなくビジュアルも加えて説明しています。


これは非漢字圏が増えてきたことによって引き起こされた、2つの理由によります。

・漢字の意味が分からないため、文の内容が分からない

・帰納的思考が苦手なため、例文をいくら並べても共通点や相違点を類推できない

ことが挙げられます。

そうなると、音声にしろ表記にしろ言葉のみの説明だけでは、学生がこちらの提示する例文の文意を理解するのが難しくなってきます。

だから私は、こういう日本語学校の状況の変化に応じて、日本語教師も授業スタイルを変える時期に来てるんじゃないかと考えています。

つまり、私たちが持っていた授業スタイルのパラダイムを大きくシフトする必要があるってこと。


☆☆☆☆☆☆☆


そんなことをボーッと考えながらリアル書店を歩いていて、偶然見つけたのがこちらの本。


桐山岳寛著「説明がなくても伝わる 図解の教科書」



桐山岳寛著「説明がなくても伝わる 図解の教科書」です。

私がこの書籍を購入した理由は、以下の2つ。


1 授業で私が描くビジュアルには、一貫性や工夫が無く結構適当だから

2 akky 文庫に加えられるから


1については、事前に緻密に考えたビジュアルでは無く、言葉のみの説明で学生が分かってなさそうな様子を見て、その場しのぎ的に考えたビジュアルだから。

例えば、ベクトルを表す場合でも、記号が「→」になってることもあれば「➡︎」みたいになってることもあり・・・

全く一貫性が無く、その時々によって違う記号を使っていたりします。

これでは学生を混乱させかねません。

また、そのビジュアルが最も理解に効果的なのかということも、特に考えられていないことが多いです。

この本は、その概念を表すための最適解を導き出す方法を、私に教えてくれます。

さらにこの本では、「良い例」と「悪い例」を対比して提示してくれてるので、超分かりやすい!


2に関しても、最近は書籍を買うときに相当意識するようになってきたかも。

今日も「この本は akky 文庫に加えたら誰かが借りる可能性があるから、紙の本を買おう」という思考の結果、紙の本を購入。

一方、個人的に興味がある本もあったのですが、それはどちらかというと日本語教師向けというよりは、私が個人的に興味を持った内容だったので、そっちはKindle版を購入。

akky 文庫を始めたことによって、私の書籍の消費行動にも影響が出てきて、なんだか面白いな〜と感じます。

あ、日本語教師勉強会に参加してる先生は、この本買わなくていいですからね。

それと、この本を借りたいっていう先生は、またお知らせ下さい。


☆☆☆☆☆☆☆


この本を読んで思ったのは、私たちって

・そのグラフは何を表すものか?

・グラフの読み方

などは教わりましたが、「こういう概念を表したい場合に、最も効果的なグラフを描くにはどうしたらいいか?」といったようなことは教わってこなかったような気がします。

で、今ちょっと考えてるのは、こういう文型説明をビジュアル化したものを、また note で販売しようかなってこと。

私、最近 note の販売はあまり進んでないんですけど、その理由は「売り物である以上、できるだけクオリティの高いものを作りたい」と思ってるから。

自分で自分の行動のハードルを上げていってるんですけど、そういうことも必要かな、とも思っています。

この本、未来志向の先生にはオススメだと思います。



ほな、さいなら!


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akky_san at 19:40|PermalinkComments(0)日本語教師 | スキル

2017年11月22日

進学指導において私の方針転換に伴って変わった3つのポイント

タイトルに2級文型を2つ強引に使った akky です。

さてさて、進学指導関連で私の考えが変わってきたために、方針を転換しました。

そして、それに伴って進学指導のやり方も当然変わってきたので、今回はその3つのポイントについて書いていきます。


☆☆☆☆☆☆☆


まずは、今年あった案件からご説明。

現時点で、文法クラスで大学・専門学校に合格しているのは3名です。

で、進学先決定者が2名。

この1名の差はどういうことなんでしょうか?

そうです!

合格したにもかかわらず、その学校に進学しない学生が1名いるってことなんです!

つまり、その学校を蹴ったってことですね〜

具体的にはどういうことかというと、その学校の合格通知が送られてきたけど入学金を払い込まなかった、ってこと。

ちなみにその学校っていうのは、大学です。

そして、合格するかどうかもわからない専門学校を受験しようとしているんです。

そして、その当事者の学生がそういう意志を私に伝えにきた時に、私は「その判断は完全に間違っている」と考えました。

なので、その時点で結構長く話し合いました。

で、入学金の締め切りがまだある時にもう一度話し合いました。

この時に、私の「彼は間違っている」っていう判断が間違ってるかも、って思ったんですよね。


そのポイントをご説明。


1 仮に本当に彼の判断が間違っていて失敗したとしても、その失敗から多くのことが学べる

これ、気づけたのは私にとっても本当に良かった!

2回目の話し合いの時の会話。


私「〇〇さん(この学生の名前)は、50歳や60歳になってもその仕事(専門学校で学べる分野の職業)を続けてるのかな?」

学生「いえ、私はそのくらいの年齢の時には、レストランを経営(専門とは全く違う分野)していると思います。」

私「えー!だったら大学に進学したほうがいいんじゃないの?この学部だったら、ビジネスも学べるし。」

学生「ん〜でも、できるだけ早く卒業して就職したいです。」


という流れ。

その大学の学部は、この学生の学びたい専門も勉強できるし、さらにビジネスも学べるってことなので、将来経営を考えてるんだったら絶対に大学の方がいいと思いませんか?

専門学校では、その専門しか学べませんから。


それに、大学で4年かけて日本語も専門もビジネスを学ぶことと、専門だけを2年で学べるということを比べても、長期的に考えた場合圧倒的に前者の方が有利な気がしませんか?

おそらく専門学校では、日本語の勉強はほとんどできないでしょうし。

それに、その2年の違いにしても、長期的に考えたらほとんど違いが無い差になるように思います。


でも、彼を説得するのはやめました。

今までの私なら、彼の判断がどんなに非合理的で間違った判断なのかってことを滔々と説明し、説得に向かっていたと思います。

でも、そういう判断もアリかなって今回は思ったんです。

なぜかというと、彼の判断ミスで将来的に失敗したり挫折したりしても、それはそれで彼の財産になるんじゃないかって思ったから。

今の時代、一度失敗したくらいではそこまでダメージ受けないし、世の中のシステムがどんどん変わってきたことによって、簡単にリベンジできますもん。

そして、ずーっと私のブログを読んできた読者の方なら容易に分かると思うんですが、「専門学校に行くより大学に行った方が何かと有利になる」っていう考えが、私の個人的な考え(→日本語学習者は今後、大学進学希望者から介護/看護職希望者って流れになるかも)と既に矛盾してるんですよね〜

つまり、かつてはある選ばれし者だけが大学に進学し、そのスキルで学士の資格が無い人たちよりも良い待遇でした。

でも、今はどうでしょう?

ほとんどの人が大学に進学するようになると、大卒という価値は当然ながら低下していきます。

つまり、大卒という肩書きがどんどんデフレ化してしまい、その一方で買い手である企業の正社員の枠はどんどん減ってきた結果、さらにその価値低下に拍車がかかります。


それに、生産性の観点で考えた場合でも、2年と4年では倍も時間の開きがあり、同じことを習得するのであれば専門学校の方が生産性が高くなるんです。


ここまでは、彼の選択が間違っているっていう前提で書いてきましたけど、そっちに進学したらしたで大学に進学するより良い結果になる可能性だってあります。


2 あまりにしつこく説得することは、学生を私の意のままに操りたいからじゃ無いか?

これも、今回気づけて良かったこと。

私としては、学生にとって最も良い進学をしてほしいからと思えばこその説得だと思ってるんだけど、その学生が「そっちじゃなくこっちだ!」って強く思っている場合は、それが正しい判断なんじゃ無いの?と、今回思ったわけです。

私がやってたのは、私が満足するための行為だったんじゃないのか?っていう視点ですね〜

英語で、" manipulate ”って言葉がありますが、私がやってたのってそれなんじゃないのかな?っていう反省。

このへんは判断が難しいんですけど、こういう視点を常に持っておく必要が進学指導担当者にはあるんじゃないのかな?って思っています。


因みに、私が2回目の説得をしていたときにこの学生は「先生、私のことを考えてくださって、ありがとうございます。」という発言をしました。

これっていうのはつまり、「先生が私のことを真剣に考えてくれてるのに、私が先生の意図とは違う選択をしようとしているのが申し訳ない」ってことだと思います。

これ、すごく嬉しかったんだけど、「私の提案とは違う選択をしたからって、申し訳なく思う必要はないのに・・・」とも思いました。


3 ついでに2級文型の定着を図りたい

これは、進学指導からはちょっとズレるんですが、今年初めてやっていることです。

今日もその学生に言われたんですが、「ちょっと日本語が子供っぽいと思います。」と感じているらしいです。

で、このクラスは2級文型がそこそこ定着してきているので、駄目押しで「志望理由書を書くときに、2級文型がどんだけ便利か」と示しつつ、その定着もついでに狙おうという視点。

例えば、「〜において」なんて志望理由書を書くときに、超便利。

例えば、

・私の母国ベトナムにおいてはまだインフラが整備されておらず・・・

・この分野においては。貴校の〇〇先生の研究が最先端で・・・

などと、汎用性があったりします。

あとは、「〜のみならず」や「〜わけではない」なんかも、志望理由書を拡張高くしてくれるのに寄与する文型です。


で、文法クラスはかなり2級文型を使えるようになりたいっていうインセンティブが高いクラスなので、志望理由書は2級文型の運用で相当良い機会になりそう。


だから、「この内容で2級文型を使うとどうなりますか?」などと、進学指導なのか授業なのか分かんないような問いを志望理由書の作成時に投げかける akky 。

学生も大変です。


でも、せっかくの機会に習ったことを使わないなんて、勿体なさすぎます。


こんな教師が担任になってしまったばかりに、学生は内容も文型も考えなくてはならなくなり、思考量はおそらく一般の日本語学校の2倍です。


かわいそうに。


でも、私が担当した時点でこれは避けられないので、諦めてくださいとしか言えません。


まあでも長期的に考えた場合、実際に必要な場で習った2級文型をどう使うかっていうモデルを、学生に提示していきたいっていう意図から、こういうことを行ってるんですよね。


それと、逆に果敢に2級文型を使って志望理由書を書いてくる猛者もいて、それはそれで大歓迎ですしね。

使い方が間違ってれば、こちらで修正してあげればいいっていうだけの話なので。


この発想っていうのも、「ついでに習得できるなら、その機会に習得するのが合理的」っていう、生産性を重視してる akky 先生特有の思考回路なのかもしれないな、とは思いました。


☆☆☆☆☆☆☆


こういう感じで、私自身も進学指導1つとっても色々と考え方は変化してるんですよね〜

あんまり「こうでなければならない」っていう思考の人はそれに縛られすぎてる可能性があるので、もうちょっとゆるゆる考えてもいいのかな?という提案でもあります。


ただ、こういう判断になったのは、私がその学生がいろんな資質を持ってるからである、って考えてるのも影響してそう。

他の思慮の浅い学生にも同じように思うかどうかは、また別の話。

どんな学生にも、今回の私のこの考えが適用できるかどうかは、ちょっと疑問です。

この学生はしっかりしてるしよく考える人だから、この対応ができているとも考えられます。


なので、そのあたりは学生をよく見てから判断したほうが良さそう。


ほな、さいなら!


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akky_san at 21:39|PermalinkComments(0)進学 | 学部