2020年02月16日

経験も知識も豊富で価値観が近い先生2人と都島のベトナム料理を食べに行って思ったこと4つ

昨日、都島のこちらのお店




へ、元同僚の日本語教師の方2人と飲みに行ってきました。


そのお1人はこちらのエントリの先生。

 


もうお1人は実に6年ぶりくらいの再会ってことでした。(京都で教えてはります) 


お店の料理のほうは、安定の美味しさでした。

食べるのに夢中で全ての料理を撮影することはできませんでしたが、その一部の画像がこちら。

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揚げ春巻き、青パパイヤのサラダ、厚揚げのレモングラススパイスのせ、海老煎餅、ベトナム風焼き鳥ですね。


☆☆☆☆☆☆☆


最初は、先生方がいる学校や学生の様子も含めた近況報告。

次に、私たちがいた学校の現在の様子や、そのときいた先生でお辞めになった先生が今どうしているかなどの情報交換。

私たち3人の中で一番早く辞めたのが私だったので、この点に関しては私がもらう情報が一番多かったです。

こういう話題では、何かを勘ぐったり詮索したりするような話し方になったりしますが、私たちは割とサラッと事実確認しただけ。

京都の先生は私のブログをご存知なかったので、私が彼女に主に話したのは2拠点生活とスペイン語関係。

このお2人、近々備前邸に来るそうです。

また、スペイン語の特徴や語彙などについて話すと、一般の日本人と違う感じの反応や興味を示されていて、「さすが日本語教師!」って思いました。

お2人とも経験も知識も豊富な先生とあって、この時の会話は非常に有意義で充実していました。

そこで、どういう点においてそうなったのかを私なりに分析してみることにしました。


1 スリリングで楽しい

スリリングと書くと「丁々発止の心理戦的会話」を想像しますがそうではなく、次はどんな話題になるんだろうといった極めて軽いスリリングさ。

経験も知識も多いということは、すなわち話題の引き出しが多いってこと。

そうなると、特に女性はその時に出ている話題から他のことを連想して「〜(その時の話題)といえば・・・」というように、ポンポン他の話題に移ることがあります。

私もそういう点で女性的なので、私もそれに乗っかったり。

全ての話題がそういう流れなのではなく、もちろん1つの話題を掘り下げることも多かったんですが、こういう会話の流れも楽しいものです。


2 たくさん刺激を受ける

これも情報量が多い人と話すことで得られるメリット。

本に書いてあった内容から、他の先生のコメント、授業で試みてみた内容とその結果などまで、あらゆる情報から刺激を受けることができました。

逆に情報量が少ない人と話すと、相手が知っていることは自分も知っているけど自分が知っていることを相手があまり知らない状況になり、そうなると自分は与えるばっかりで、受ける刺激が少ないから話しててつまんないんですよね。

今書いてて思い出したんですが、この時に私と上記エントリの先生は知ってたけど京都の先生は知らないっていう教材が1つあって、その教材の何がいいかっていうことについて私もお話ししました。

こちらのエントリで紹介した教材なんですけど。




こういう自分が知らない教材についての情報って、同じ学校の同僚の先生からはもらいにくいんじゃないですかね?

なぜなら、周りの先生が他の学校と掛け持ちしていたり個人的に頻繁に教材研究している先生でない限り、学校で使っている以外の教材に触れることは稀になるから。

やっぱり教材関係だと、外部の人とコミュニケーションしたほうが色んな情報を得られて、刺激も受けやすいのかなと。


3 共有できることが多く、面倒臭い説明が要らない

これは、経験や知識の情報量が多いってことに加えて、価値観が近い先生と会話した時に享受できるメリットです。

例えば、「〜に違いない」っていう文型はこういうもんだっていう共有できる見識を持っていると、そこから会話がスタートできるので色んなことが端折れて楽チンなんですよね。

まあ全員が全く同じ見解であるってことはないので、そこで多少議論になったりもしますが、それはそれで面白いです。そうなったらなったで、自分にない意見が聞けるので、2のように刺激を受ける会話だと感じられます。

ところが、そういう文型なんかに対する自分なりの見解を持っていない人だと、文型の説明からしないといけなくなって、自分の授業でさえあんまり説明したくない私にとっては、一事が万事そんな感じだと面倒くさくなってきちゃうんです。

でも、今回のお2人だとそんな説明を全くしなくてもよく、ストレスフリーな会話が展開できました。


4 共感してもらえることで得られる満足感ハンパない

これは知識や経験っていうよりも、どっちかっていうと価値観サイドですかね。

というより、知識や経験に裏打ちされた価値観、と書いたほうが正しいでしょうか。

例えば、私が「これってこうだと思いませんか?」とか「これって将来的にこうなっていくと思いませんか?」って聞いた時に、

・分かりません

・そうなんですか?

・なんでですか?

って反応が返ってくると、ちょっとガッカリします。

なぜって、全部思考停止してる人の返事だから。

まだ「なんでですか?」ではなく「どういうことですか?」って返事だと考えようとしてくれてるんだな、って感じられるんですけどね。


ところが、お2人は同様の質問をした時に、「そうですよね〜!」って反応が多かったので、私がその会話で得た満足感ハンパないです。


また、「いや、でもそうすると、こっちの可能性もあるんじゃない?」などという反応ももちろんあり、それはそれで刺激を受けることもできました。

やっぱり、価値観が近い人同士で話をすると今日考えやすくなり、そのぶん会話自体に対する満足感も高まるってことじゃないかと。


☆☆☆☆☆☆☆


いや〜楽しかったし美味しかったです!

どんな形になるかは今は全く分かりませんが、このお2人のような先生とまたお仕事させてもらえる気概があればいいなって思いました。


ほな、さいなら!

 
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akky_san at 19:32|PermalinkComments(0)日本語教師 | 価値観

2020年02月11日

スペイン語を学んでいなかったら出合えなかったNetflixのコンテンツ

Netflixっていう動画のサブスクリプションサービスをご存知ですか?

1ヶ月定額で動画を見放題っていうサービスです。

Netflixの特徴として、

時間もお金もふんだんに使ったオリジナルコンテンツの出来が素晴らしい

ってことが挙げられます。

 
いくつかのオリジナルのドラマシリーズを見終わって、次は何を見ようかと考えていた時に、ネットメディアで次の2人のローマ教皇って作品に対する評価を見つけ、見ることに。

このコンテンツ、制作費が1兆6000億円だそうです。


こちらはYoutubeの予告編。




こちらはNetflixのページ。




これ、見たことありますか? 

あと、現在の現実世界にローマ教皇が2人いらっしゃるって知ってました?

このコンテンツは私見によると、ドラマ部分が3分の2、ドキュメンタリー部分が3分の1っていう構成になっています。


因みに、私が見たネットメディアの評価はこちら。




私がこちらの記事を読んで、スペイン語の先生とのとある会話を思い出し、じゃー実際にコンテンツの視聴をしようと決めました。 

その会話というのがこちら。


先生「今のローマ教皇の名前がフランシスコって名前で、スペイン語っていうのは超画期的なんですよね。」

私「そうなんですか?」

先生「そうそう!今までのローマ教皇の名前って、全部ラテン語だったから。」

私「へえっ!」

先生「あと、フランシスコさんってアルゼンチン出身で、ヨーロッパ以外の出身のローマ教皇も史上初だし。」


っていう流れ。


この会話が頭のどこかに残っていたからこそこの「2人のローマ教皇」を見るインセンティブが働いたわけで、この知識を持っていなければ作品の存在を知っていても見なかった可能性が高いです。

このことが何を意味するのかというと、

スペイン語の実用性よりもこのような教養によって、世界が拡張する

ってことです。

今回の場合は、その世界に当たるものがエンタメであったわけですけど。


もちろんスペイン語そのものが世界を広げてくれる経験もたくさんして来ましたが、それは実用性というよりも教養側の知識と言っていいと思います。

実用的なコミュニケーションの道具というより、知識として知っているスペイン語が色んな面を見せてくれるっていうイメージ。


動画以外にも、先生が勧めてくれた本を購入して読んだりもしました。

Amazon

奇蹟の都市 (文学の冒険シリーズ)
エドゥアルド メンドサ
国書刊行会
1996-05-01




楽天ブックス

奇蹟の都市 (文学の冒険) [ エドゥアルド・メンドサ ]
奇蹟の都市 (文学の冒険) [ エドゥアルド・メンドサ ]


この本、面白かったんですけどめっちゃ長かったです・・・

他の本を読みながら並行して読んでいたってこともあって、読み終わるまで1年くらいかかるっていう。

この本を読んだことで、フランコ将軍出現前後のスペインの歴史をまた別に調べたりもしました。

そのことで、また世界が広がったり。


スペイン語自体の勉強はゆるゆるしすぎてて遅々として進んでないんですが、スペイン語まわりの教養には頻繁に触れて、スペイン文化(カタルーニャやバスクもあるので、なかなかスペインって一括りにするのは難しいですが)理解を深めていけたらと考えています。


ほな、さいなら!


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2020年02月09日

今後、日本語学校はどうなってしまうのか?

今日、日経のこんな記事を発見しました。




留学生の在留審査を厳格化するそうです。 

ただ、最終学歴の卒業証書や預金残高などの証明書を求める国の数を増やすそうですが、どうなんでしょう?

それだけで現実的に厳格化できるのかは、若干疑問ですが・・・

偽造とまでは言いませんが、特に預金残高などはその時だけ身内に金を借りまくって辻褄を合わせることだってできますし。


記事のタイトルによると対象国10倍ってなってますが、記事の内容によると具体的には80カ国になるとのこと。

私は高校時代に地理を選択していたのでどこにどんな国があるか比較的知っているほうだとは思うのですが、エスワティニ、ギニアビサウ、ニウエなど、それってどこにありましたっけ的な国まで対象になっています。

っていうか、少なくとも私が今まで勤めていた学校にはそういう国からの留学生はいませんでした。


ともあれ、従来日本語学校の運営って、入国管理局の方針など外的要因に左右されることが多かったです。

どういうことかというと、留学生の入国審査が厳しくなると学校への入学者数がダイレクトに減ってしまうため、学校の収入もそのぶん減少してしまうってこと。

ただ、私が日本語学校で今まで見聞きしてきたことから、自治体によって入国管理局の厳しさが異なるって印象を持っています。

なので、国の方針といっても全国一律で同程度の厳格化ってことにはならないかと。


まあでもこの記事によると、2019年の年初時点での不法残留者数が4700人で2015年の1.7倍ってことなので、これは急増と考えていい数値です。

だからこその、30年ぶりの大幅の変更なんでしょうけど。


不法残留者の中には退っ引きならない事情がある人もいるのかもしれませんが、意図的にそうしている人っておそらく正常性バイアスが働いてるんじゃないかと私は推測しています。

他の人はバレるかもしれないけど、自分だけは大丈夫っていうバイアス。

そのバイアスの結果、「留学生」という同じ括りの同国人も含めた立場の人たちの首を絞めてしまうっていう結果に。


☆☆☆☆☆☆☆


理由はどうあれ日本語学校の経営が微妙になりそうなこの時期に、現在日本語学校に勤めている特に非常勤講師の方、ご自分の雇用や今後の身の振り方についてちょっと考えてもいいタイミングでは?

ってなことを書いても、正常性バイアスや現状維持バイアスを持ってる人は、「今まで入国審査が厳しくなっても、ウチの学校は大丈夫だったから」って安心してそう。

でも、この厳格化がどの程度のものか分かりませんが、日本語学校への入学者数の大幅な現象が起きないとも限らず、そうなってから対応を考えても遅いです。


私が日本語教師になった頃とは違って、現在は日本語学校以外にも日本語教師が働ける機関や機会がたくさんあります。

日本語学校への雇用が減る可能性があること自体はネガティブなことですが、災い転じて福となす的な発想で、これを機会に色々な働き方の可能性を考えてみるのはどうでしょう?

思いもよらなかった働き方に出合えるかもしれませんし。


また逆に、自分が日本語教師に向いているかどうか迷っていたり悩んでいたりする人は、一度離れてみるきっかけにもなります。

私は2拠点生活をしていてつくづく思うのが、同じ1つの場所にしかいないとその場所が望ましい場所なのか分からないんだなってこと。

その場所の外に出て見ないと、その場所の良し悪しが判断できないんですよね。

日本語学校への入学者が増え続けている局面だと、学校を離れて外から日本語学校という職業や仕事を振り返ることは難しいですが、そういうことをやってみたかった人にとっても良い機会かと。


何はともあれ、今後日本語学校の経営や運営がどうなっていくのか不確定要素が多いので、日本語教師でこのブログを読んでいる方は具体的な行動とまでは言わないまでも、ちょっと色々考えてみてはいかがでしょうか?


ほな、さいなら!


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akky_san at 12:42|PermalinkComments(0)日本語学校 | 未来