akkyが中級以上の文型分析をする時の思考のとっかかりを「〜える(うる)」を例にご紹介とりあえず関西の日本語教師(以外の方にも)朗報!ホストファミリーになって、違う形で留学生の役に立つチャンス

2020年01月18日

私が日本語学習者に過度な忖度をしない理由

ここで書いている私なりの「過度な忖度」というのは、


・これは難しいよね。だからこっちの(易しい)表現でいいよ

・これができなくても、通じるからOK


といったように、教師が学習者の能力を過小評価し、教える内容の難易度を安易に低くすることです。


私、こういう忖度、絶対に目の前の学習者にしたくないんですよね。

なぜかというと、それはひとえに

自分が学習者だったら、そういう忖度はされたくないから

です。


以前、私はオーストラリアに日本語のアシスタントティーチャーをするために1年間住んでいて、年度が終わる時に、その学校の先生から(日本でいう卒業式みたいな式で)スピーチをするかどうか聞かれ、「する!」と即答。

早速家に帰って、当時一軒家をシェアしていてそのシェアメイトにスピーチ原稿を見せたところ、「スピーチではこういう言い方はしない」って結構ダメ出しされました。

彼は大学講師だったせいか、全く忖度せずにビシビシ訂正してくれました。


また、イギリスに留学してホームステイしていた家で、晩御飯の時にホストマザーから「これ、要る?」って聞かれて「Yes.」とだけ答えたら、彼女から「Yes,please.」って言ったほうが良い旨を指摘され、それ以降そういうシチュエーションの時には必ず「please」を付けるようになりました。

逆に、指摘されないまんまだったら、いろんな人に「失礼なヤツ!」って思われていたかもしれないと思うと、忖度されなくて本当にありがたいです。


☆☆☆☆☆☆☆


日本人って、間違いを指摘したり訂正したりすることを、遠慮しすぎてるんじゃないかという気がします。

一般の日本人ならそれでもいいかもしれませんが、私たち日本語教師までそういうことをしてしまうとしたら、それはちょっとどうなのかなと。

それって、学習者が欲しいと思っている成果を与えられてないんじゃないの?とさえ思います。


それから、私は個人的に日本語教育が全体的に、学習者に忖度していっているように思えます。

私と同じくらいか、それよりも長いキャリアをお持ちの先生に聞きたいのですが、以前の教材に比べて最近の教材って全体的に難易度下がってるって感じませんか?

例えば、以前の教材であれば初中級で扱われていた文型が中級に、中級で扱われていた文型が上級のテキストに載っているっていうふうに、徐々に後ろ倒しになっています。

これは多分、最近のテキストが作られる時の

  1. 作成者の中に確固とした初級、中級、上級の基準がない
  2. ゴールからの逆算ではなく、スタートからの積み上げ思考で作成されている


の2つと、忖度が絡んでの結果ではないかなと。

おそらく、こういう結果になる発端は、日本語能力試験の出題基準が無くなったことにあります。


☆☆☆☆☆☆☆


まあこのように考えているので、私が教える学習者には忖度無しで、ビシビシ間違いを指摘し、かつ「じゃーどうアウトプットすればいいのか」ってことを言っていければいいなって考えています。


ほな、さいなら!


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akky_san at 20:30│Comments(0)日本語教師 | 思考の方法

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